子どもたちの体験ものを作りたいと思ってきた理由。

【子どもたちの体験ものをやろうとずっと思ってきた理由】

半世紀ちょっと生きてきて、ものすごくわかったことは、
美しいとかお金持ちだとか、社会的な地位があるということと、「幸せ」とは全く関係がないということです。

人に認められたらうれしいし、必要とされることはものすごくモチベーションをあげるけれど、根本的に自分は誰なのかという問いへの答えにはならない。
一時的に、やる気がアップすることへの補給にはなるけれど。

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わたしたちの幸せは、どれだけ自分を生きたかということ。

どれだけ自分を受け入れて、
自分という人を知り、
自分がどこで生かせるか、
自分はどういうことでこの世界とエネルギーを循環できるか、
どれだけ自分を愛せるか、それに尽きるのだと思う。

本来の自分から離れて生きるってことほど、
辛く苦しいことはありません。

生まれてこのかた、両親や先生や社会から
社会で必要とされる人間になれ、
今世界はこうなっているよ、
世界で必要とされている能力はこういう能力だと言われて
必死にそれに見合う自分になることを頑張ってきた。
大学の入学式でも
代表の学生が声高に「活躍できる人間になりたいと思う!」と言っています。

 

 

それ自体は素晴らしいこと、勉強して考えることを鍛錬し、
多様性を理解し受け入れるのは生きていくのにとっても役に立つ

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でもそれと両輪で
自分がどんな人間なのか、という自分の内側への感性が
ずいぶん置き去りになっている、
そのことが今社会で病んでいる人が多い理由だと感じるのは
わたしだけでしょうか?

自分を知るという内側に向かう意識のベクトルと
世界を知るという外側に向かうベクトルが
バランスがとれてこそ、
人は健康に自分を生きることができる。

社会には今、
外側を知る機会があふれています。

学校も塾もセミナーもカルチャースクールも
ほとんどが自分の外側を学ぶところ。
内側にベクトルが向いているところがとても少ない。

だからわたしは
「感性」=自分の内側に意識が向くものを
心がけてやってきました。
子どもたちには自分の感性、自分がどういう人であるのか
知ってほしい。

それは身体を使った体験をして
自分で「気づく」しか習得の方法がない。
そう、たくさんの体験をするしか
他に方法はないんです。
外側からいくら、何を言われたって、
人間は自分が共感するところしか理解することができないのは、
大人も子どもも同じですよね。

わたしが子どもたちの体験ものをずっとやりたいと思っていたのは、そういう理由です。
それも知識やスキルを学ぶ体験ではなくて
自分の感じ方はこんなふうなのか!と発見し、それを外へ表現することができる体験。

そしてほんものの、クオリティの高い体験ものというのは、一期一会で、場の空気が整っていることがすごく必要なので、
オートマティックにはできません。
だからひとつのイベントやるにも本当に手間と時間とエネルギーが必要、もうここから先はわたしひとりでは難しいのかもしれない。

きっと神様が仲間を派遣してくれる。
それをとっても楽しみに待っています。