「HSCの我が子、不安や強迫観念が強くて毎日大変です・・・」〜②立ち止まる、ということの重大さ

「HSCの我が子、不安や強迫観念が強くて毎日大変です・・・」

についてシリーズでお伝えしています。

 

セッションにお越しいただくときは、
まず一回目は大人の方だけで、
とお願いしています。

子どもを客観的に判断するようなことが
お話内容に含まれるので
それを子どもが横で聞いているということは
必ずしもいいことにつながらないからです。

大人だっていやですよね、
自分のこと他人が話しているのを聞くのは・・・(笑)

けれども、例えばお話を伺ったあとに
イベントで実際にお子様を拝見したり
セッションの何回か目にお子様が横にいらして
お子様ともお話したりすることがあります。

(そのときに愛想良くしたり、きちんとごあいさつしたり、そういうことが起こらなかったりします。でもそれは正しい成長のうち。子どもは知らない人に、いきなり心の内側をはなしたりしません。
自分の軸があるから、警戒心をとかないうちに話をしないが起こる、とってもいいと思います)

もとい。

そうやってお子様の状態を見たときに
あ、これはお母様のお話よりも
かなりやばい状況だな、

と思うこともあります。

 

なんていうかね、

やばいなんて言葉をつかってすみません。

でも生命エネルギーというか
精気というか
健やかにただそこにいられる、

ということが
もはやできないお子様がいらっしゃります。

ずっと前かがみになっていたり
自分の身体をぎゅっとつかんでいたり
手で身体を抱くようなかっこうをしていたり

目がうつろ
反応がない

防御の姿勢を常にとっている感じ、、、
などの子です。

不安を口にしてくれたら、
毎日怖い、
不安だと言ってくれるのは、
まだいい。

人間は、
本当に生きるのが辛くなると

怒ったり、悲しんだり、という

【心の動き】

 にエネルギーを使うことができなくなります。

身体にそれがでているとき。

 

それはかなり、弱っている状態。

自分が自分のままでここにいていい、
と思えていない状態。

 

 

以前にもこの図を出しましたが、
これは人間の基礎的な欲求の図です。

欲求というのは、

生きるエネルギーのベクトル

と言い換えることもできます。

下にいくほど、生きて行くのに最初に満たされなければならない欲求です。

 

身体を防御する姿勢になっているようなお子様は一番したの生理的欲求「生きていたい」「命を守りたい」です。

安全の欲求は
「安全で安心なところにいたい」
「周りから攻撃されない、安全が守られていてほしい」
です。

 

たとえば極端な話、親が不安神経症や精神病で包丁を振り回しているような家庭では、子どものこの下二段の欲求が永遠に満たされず、いつも危険なところでサバイブしていく攻撃型か、自分の命の気配をけしてじっと引きこもる自己否定型になりやすい。

 

私たちが当たり前に醸している
家庭の安心安全は、
このくらい大事なことなんですね。

身体症状が出ていて本人のエネルギー値が
かなり低くなってしまっているのでしたら
もしかしたら一度
治療専門家にかかったほうがいいかもしれません。

HSCの権威・長沼睦雄先生(北海道)が
オンライン診療をはじめられています。

http://mutsumino.info/online.html
(初診は出向かないといけないかもしれませんが)
 

 

そして

子どものエネルギーがかなり低いときは

新しいことをさせようとか

好きなことを見つけなさい!

とか言っても無理です。

それは承認欲求や自己実現の欲求レベルで

はじめてできることなんです。

 

変化にはエネルギーが必要です。

生命エネルギーです。

虫が蛹になって蝶になるとき。

さなぎの段階では身体が中でぐちゃぐちゃに溶けて
再編成するくらいの大きな変化が起こっています。

その前に毛虫は止まって蛹になりますね。

 

エネルギーを蓄えるには

まず「休む」「止まる」ということと


人間の場合、

「自分は受け入れられている」

という安心がなにより大事。

 

不登校というのは、その止まっている状態を自分で作り出せているということなんです。

生命の危機にひんしているときに止まる!
を自分でできるお子様です。

もちろん
学校にほんとうにいけないかどうかのところに
また長いストーリーがあると思いますが

もし本当に行けないとなったら
ここを受け入れて

「罪 悪 感 を も た せ ず に、

エネルギー充填をさせる」

これが親の技術だと、
わたしは考えています。

 

それができた子は、
かならず次へと羽ばたくことができます。