挑戦と失敗と責任 HSCのお子様のお母さまCさんブログより

今日は昨日の益田彩香さんのインタビューに
答えてくださった
石原千恵美さんのブログを転載します。

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彩香さんが
小学校時代の私たちの歩みについて
「5つの段階を行き来しながら進んでいる」
と捉えて下さいましたが、
本当にその通りだと思いました。

①資質に気づく

②寄り添う

③話し合う

④理解を深める

⑤覚悟を決める この5つです。

中学生になった今も
そのことは変わっていません。

ただ大きく変わったこともあります。

それは、学校生活をあえて積極的に送っていることです。

小学校時代は
「学校の勉強は古いことしかやらない。運動会なんて運動神経のいいやつだけでやればいい、持久走だって早いやつだけでいい。それ以外のやつには意味ないことだ。先生はあなたのためっていうけど、自分のためなんだ。」
なんて言っていたのです。

それなのに中学では

クラス内で
誰も手が挙がらないような役決めの場面で、
「自分がやります」
と引き受けたりしているそうで、
先生から聞いてびっくりしました。

部活は野球部に入り、
小学校とは比べ物にならない
ハードな中学生活です。

もちろん相当なストレスが
かかっていると思うのですが、
「自らの意思で行動する」
というような気概でいるように感じます。

 

 

小さいときから
自分で決めたことはしっかりやるのですが、
意味も分からずやらされることには
拒否を露にしていました。
でも成長するなかで、
そこを「自らの意思」にすることで
現実を変えていっているのではないかな
と推測しています。

とはいえ、
バリバリのHSC気質ですし、
本人としては凹の穴にストンと
落ちてしまったような感覚になることもあります。

先日、HSC息子らしいと思える出来事がありました。

珍しく、お腹が痛いと言って
学校をお休みしたのです。

お休みした翌日に
先生が心配してお電話を下さいました。
その時に聞いたお話です。

以下先生のお話です。
 

「合唱コンクールの練習が始まっています。ケンスケ何か言っていましたか?

ケンスケは指揮者に立候補してくれたんです。先日の選挙管理委員にも立候補してくれ、ケンスケがやるなら俺も!と一緒に手を挙げてくれた友達と仕事をしてくれました。

ただ、今回の指揮に関しては練習が始まるとなかなか思うように上手くいきませんでした。
先生と一緒なら何とかできても、1人になるとリズムがとれず頭も真っ白になってしまうと言うんです。そして、自分では指揮者が務まらないので、他の人に代わってもらいたい。と申し出てきました。音楽の先生からは自分でやると言ったのに無責任ではないか。今から他の人に代わって、その人は他のクラスの子より練習時間が少なくなってしまうから、かわいそうではないか。自分からやると言ったことに対しての責任をきちんと問うというのが音楽の先生のご指導でした。それに対してケンスケはちゃんと受け止め、それでも自分にはできない。と言ったそうです。

クラスのみんなには私(先生)から話しをしました。ケンスケが自分には指揮はできないので誰かに代わってほしいそうなんだよ。練習する前は挑戦したい、できるんじゃないかと思っていたんだけど、実際にやってみたら難しくて大きなステージでは到底無理だし台無しにしてしまうと思ったんだって。

みんなはさ、練習していてそんなケンスケをみていて誰も何も思わなかったのかな。

自分でやるといったのだからケンスケの問題っていうことなのかな。

みんなの合唱だよね、少しでも上手くいくように、誰か一緒に練習してあげるとかそういう事にはならなかったのかな。このままステージにケンスケを立たせていいのかな。

ケンスケはもう無理だと言ってるんだけど、どう思う?」

すると、1人の女の子が
私がやります!
と手を挙げてくれたそうです。

私は心配して下さった先生に、
本人からは何も聞いてなかったこと、

音楽の先生のご指導も
O先生がみんなに伝えてくださったことも、
「責任」ということについて
とても良い経験をさせていただいた
とお礼を言いました。
指揮者の子には
きっと感謝していると思うし、
すべてケンスケが自分で考えて
行動した結果ですから大丈夫です。
と伝えました。

私もそうですが、
人々の視線や注目を浴びると
体が固まってしまいます。
ケンスケも指揮をする場面で
きっとそんな体の反応を
自分ではどうにもできずに
無理だと判断したのではないかと思います。

クラスのみんなが
自分が指揮することに対する様々な感情も
手に取るように分かったかもしれません。
限られた練習時間の中で
焦りもあり
追い詰められたかもしれません。

母として、
ケンスケに思ったことは
早めに自分で言い出したことは賢明だったし、

責めに対してもきちんと受け止め、
よく踏ん張ってくれたなー。

そして、
誰も健介が指揮ができるとは
思っていない中、
よくぞ自分の可能性に挑戦してくれた
ということです。

 

休んだ日、
何も知らない私とケンスケは
家で次のような話をしていました。

私に話してくれたことは
野球のつまずき
(練習してもなかなか成果が出ない)から、
気持が落ち込んでしまった。

勉強も全然できないし、
この先の将来に不安を感じて
自分を見失いそうだということでした。

私は、「学校へいかなくてもいいよ。代わりにその時間何かできる?」と聞きました。

「本ならずっと読める」ということでした。

「1日中読める?」

「そうしていていいのなら、できる」

「1日に何冊くらい読めるの?ハリーポッターくらいの本として」

「5冊くらい読める」

「ふーん、それ1週間とか続けられる?」

「うん、そうしていいなら。」

「じゃあ、1ケ月は?」

「できる」

「3ケ月は?」

「できる」

「1年は?」

「そうしていいなら、できる。」

「じゃあ中学校も高校も行かないで、ずっと本読んでいいってなったら?」

「できる。そんだけ本があればできる。でも実際はそんなことできないでしょ。」

「できるよ。ケンスケがそうしたいなら、できるよ。」

「、、、、、、、、、」

「ケンスケが例えば歴史の本を1日5冊づつ読んだとして、1ヵ月だと何冊になる?

仮に100冊として1年で1200冊、3年で3600冊、5年だと6000冊だよね。すごいよね?!」

「すごいけど、でも、本を読んでるってだけで仕事にはならないよね。」

「とりあえず18歳くらいまでなら母さんが働いてるし、仕事しなくても大丈夫でしょ?」

「えっ!?学校行かないで、働かなくてもいいの?」

「いいよ。」

 

「母さんは学校は絶対じゃない、って思ってる。ケンスケが自分を見失ってしまうのは嫌だよ。ケンスケがしたいことをして、それがケンスケにしかできないことになって、そのことで生きていけたらすごく幸せなんじゃないかって思う」

「分かった。今日は休んで、明日は学校へ行く」

「うん。どうにでも。」

 

結局、合唱の話は
本人から何も聞かされないまま、
前日にプログラムを渡されました。

見に行けないことは
前から伝えてあったので、
「頑張ってね。」とだけ言いました。

当日の朝、
お友達が数人うちに集合してくれ
「ケンスケ、ケンスケ―!○×◇ (笑)」と
みんな楽しそうに出かけていきました。

夜、「どうだった?」と感想を聞くと

「最優秀は取れなかったけどね。でも楽しかったから良かったよ」

と話してくれました。

先生からは、
「ケンスケは歌でとても良くみんなを引っ張ってくれました」
とメッセージをいただきました。

見に行かれたお母さんからも
「ケンスケ最前列の真ん中で、一生懸命歌ってたよ。坊主頭で気合入ってるなーと思ったよ、目立ってた!(笑)」
と聞かされました。

やれやれ、楽しく終われて良かった。
とこの話も終わりたいのですが

思春期でHSCな彼が
この一連の出来事を
そうやすやすとクリアできるはずもなく、

衝撃的?なメモを発見する
ということが同時期にありました。

HSCという特性をもつ
彼の光を眩しく見るとき、
その影もくっきりと見ることがあります。

具体的なメモの内容は書けないですが、
ケンスケはもう一人の自分との
葛藤の末に行動を決めていました。

すぐには書けないかもしれないけど、
そのことも又書いてみたいと思います。

 

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HSCくんを育てる石原千恵美さんのブログはこちらです。
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