敏感な親子の敏感な子育てと留学のこと~ニシタナオミさん

幼いHSCちゃんの子育てで、

毎日大変すぎるべよ!!
ウキーーー(≧∀≦)って思ってるお母様に
ニシタ ナオミさんの記事をプレゼント🎁

大丈夫なのです、安心のベースさえできれば
この長女さんのように、イキイキと羽ばたいていくんですね💗

***

 

ありがとうございます

ニシタナオミです
 
 
今回の写真は
すべて上の娘の撮影です
 
 

昨日は娘たちのリクエストで

EARLYBIRDS BREAKFASTという
自転車屋さんに併設されているカフェへ
早めのランチに行きました
 
 
ここは朝7時からやっている
名古屋で人気の朝ごはん屋さんです
 
 
自転車乗りさんや近所の人たち、
家族づれの海外の人たちにとっても
憩いの場となっています
 
 
 
 
 
そんな国際色豊かな中で
3人で話しながら食事をしていると
自然と娘たちが留学した頃の話に
 
大学の時に
上の娘はカリフォルニア、
下の娘はカナダへ短期の留学に行きました
 
まだ母子家庭だったので
それぞれバイトで貯めたり、
3人でフォローし合いながら
短いけれど初めての海外へ
ひとりずつ学びに行きました
 
特に上の娘は生まれた時から敏感で
ちょっとしたことでよく泣き、
手を焼きながらの子育てでした
 
逆に下の娘は
敏感な母と姉のもと
なんでも察知してもらえるので
甘え上手なよく笑う子に育ちます
 
 

おかげでわたしも上の娘も

この下の子の笑顔に↑
どれだけ救われたことか
 
 わたしは
寝ているわけではありません
 
 
わたしも初めての子育てで不安なうえ、
のちにガマンの末に
離婚するような夫婦関係だったので
わたし自身の波も大変でした
 
そんなわたしの不安定さを敏感に察知して
余計に敏感な子にさせてしまったかなと
長い間、罪悪感に捕らわれたものです
 
 
小学校ではだんだんと、
そして、中学、高校と
いろんな大変なことがありました
 
先生や友だちの言葉に傷ついたり、
動きや性格もおっとりで遅いので
からかわれたり、意地悪をされたり
簡単にいじめの対象となります
 
その度に、溜まった感情を
玄関までなんとか持ち帰ると
堰を切ったように
わたしにぶつけてきました
 
今思えば
うちに帰ってわたしの顔を見て
やっと安心したのだとわかりますが、
その頃のわたしには
「敏感すぎる子」
さらには
「敏感すぎるわたし」ということを
知らずにいました
 
そのため、適切な対処ができず
ずいぶんかわいそうなことをしました
 
「躁うつなんじゃないか」と言われて
精神科に連れて行ったこともありますが
もちろんなんの問題もありませんでした
 
 
そんな子が
小さい頃からの夢だった
留学に行きたいと言います
 
わたしとしては
心配で心配で 笑
 
けれど実際に行ってみると
水を得た魚のようにイキイキとしていて、
そんな娘の姿は、願ってもない
わたしにとっては最高のよろこびでした
 
 
 
「アメリカは日本と比べてどうだった?」
と聞くと
 
 
「服装もやってることも
なんでも自由だし、
周りに合わせなくてもいいから楽だった」
 
 
そうなんです
 
それだけなんです
 
 
いろんな人種の人たちがいて
もともとみんな違うのがベースだから
敏感すぎる人でもいいんです
 
 
敏感すぎる子は
みんなと同じようにしていたくても
情報量がすぐにいっぱいになるので
同じようにはしていられません
 
 
無理をしながら同じように過ごすと
あるレベルを境に
決壊してしまうことにもなります
 
 
娘にとって海外は
そんな心配がいらない、
ほかの人たちと同じように
「普通」にしていられる場所でした
 
 
それは貴重な体験となり
その後の娘に大きな影響を与えています
 
 
日本にいて、学校や地域に
どうしても馴染めない
敏感すぎるHSCの子は
無理をしてみんなと同じようにいることが
命をも脅かすことになることもあります
 
 
勉強はいつでもできます
 
 
命がたいせつ
 
 
生きて、
この世界の素晴らしさ
その人自身の素晴らしさを
たくさん味わってほしい
 
 
そんなことを
いつも察知しながら
この地球の上で
敏感なわたしも生きています
 
 
穏やかで安心した居場所が
おひとりおひとりに必ずあります
 
 
そんな場所にいられますように
 
 
毎日が健やかで
穏やかでありますように
 
 
 
敏感すぎる人には
パートナーシップも大きな役割を果たします
 
そのあたりはまたいつか
 
お読みいただき
ありがとうございます
 
Love
 
 
~~~転載終了~~~

<出典元:https://ameblo.jp/mes-mains/entry-12418688424.html>