AIシェア会を終えて〜こわがることもないかもしれない?

昨夜はAI(人工知能)はどこまで何ができるのか?ということをシェアし、

みなさんの感想や未来への希望をシェアするオンライン会を開催しました。

昨日も本当にエキサイティングな世界でした。

 

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AI はこの5年で、それ以前に想像もできなかったような急激な進歩をとげています。
今、なにがそんなに新しいのか、
何が今までと違うのか。
その情報をシェアしつつ、
それをどうとらえようかという場でした。
 今起こっているもっともすごいことの正体はAIのディープラーニングです。
AIが自分で情報を得て、自分でそれを学習していく強化学習、
つまり子どもの容量の脳が大人の容量の脳へと進化していく過程をゲットした、
それがディープラーニングです。
数年前までは人間が扱う情報、
人間が思いつく変数での処理しかできなかったので、
ある意味人間の能力を超えることは起こり得ませんでした。
要するに今までは専門家の大人の脳を作ることに終始していたのです。
それが今では、子どもの脳が自分で発達していくという基本設計にかわった、
そこに対して世界は驚き、喜びと不安と期待が入りまじったまま進んでいる、
それが現在の世界ではないかと思います。
オンラインのなかで、
これからの仕事の変遷
今AIに何ができる、そして法整備の問題をシェアしてくださった方も
いらっしゃいました。

正直、ボーゼンとして不安を隠しきれない、というお顔の方もいらっしゃいました。

わからない未来に対してみんな不安だと思います。

わたしも不安です。

ホーキング博士も強い懸念をもっているそうです。

AIがあるとき、バグを起こして、人類を滅ぼす動きに出るというあれです。

47%の仕事を奪われると言われれば、子育て中の親はぎょっとしますよね。

でも実は仕事というものの概念がかわって、人間がやる仕事の種類がかわっていくだけなのかもしれない。人間がするべきしごとは心からやりたいと思える楽しいことだけ、あとは機械が引き受けてくれる、という天国のようなことが起こりうる。

 

わたしもこのシェア会をしようと決めた時から、どのような角度で今起こっていることをシェアしようか、そこが大事なだあということをずっと考えていました。

(企業各社、秘密裏にすすめていることも多いので、全世界で何が起こっているかを客観的に把握している人は多分ひとりもいません。孫さんだってすべてはわからないのです)

不安なことは確かにある、

でも未来をどういうふうに捉えようか、

どうやってそれをみんなでシェアできるかしら・・・。などなど。

 

今回シェア会をやってほんとうによかったと思いました。

 

こんなすばらしいシェアがでていました。

・想像していた未来がもう実現していると知って、びっくりした。

世界の見え方が違うを通り越した。

・学生のあいだでも少し前からパソコン持っているのが普通、となって

今はAIと会話しながら暮らすのが普通ってなってきている。

(それがデジタルネイティブの世界)

・どのような状況になっても、最終判断は自分で、と考えられること、

自分の考えに自信を持てる子どもを育てることが必要だと思った。

・今までAI というと得体がしれないものだと思っていたが、強化学習をしているということがわかり、「負」ではなく「正の」強化学習をしていけばいいのかなと思った。

・(AIは死なないわけだから)家族の歴史をずっと見ている、

家族に寄り添うAIがあればいいのに、と思った。

・今までは記憶を蓄積する、というところに学習が偏っていたけれどAIのおかげでそこから離れることができるのであれば、逆に感性を余裕をもって磨くことができる、と思った。

・ロボットと人間の違いはなにか?今までは人間は機械のような完璧な能力を手に入れようとしていろいろ試みてきたようなところがある。でも人間とロボットの違いはなにか、それを本当に考えることが必要。朝日を見て感動する、海水浴に行く、自然とたわむれ、地球に生まれてきてよかったと思うようなことが人間の仕事なのではないか。

 


この前日に滝行からかえってきました。

 

滝の前で感じたことは、あまりにも大きな自然の、地球の力です。

この大自然の前ではわたしたちは無力です。

自然に手を合わせ、

「わたしたちを生かしてください。」

「受け入れてください」と

祈るしかないのだなあと。

どの時代も、そうやって祈りながら人間は生きてきたんだ。

 

川が氾濫したり、逆に雨がなくて干上がってしまったり、

病気が蔓延したり、人間はそういう過酷な現実のなかで

少しでも生き延びようと努力してきました。

 

科学が発達してきて、

「より生き延びていくために」

便利なもの、人間の力を補強してくれるもの、

そういうものもいっぱい作り出しました。

クワや鋤を作ったのと、機関車をつくりだしたのは

「人間の筋肉を増強する」という同じ考えの延長上です。

 

目のまえで死んでいく家族を救うために薬や医療が発達しました。

 

そのうちたくさんの情報があふれだすようになりました。

データを処理して、人間の処理能力が及ばない情報量から

「ただしい考え」を補強してくれるものを作り出すようになりました。

それがAI の本質だとわたしは捉えています。

たくさんの情報をいっぺんに処理して、人間にとっての正しい答えを教えて欲しい。そういう欲求を満たすもの。

 

いつ種をまいてどのような天気の年はどのように肥料をやり

いつごろ収穫するのが一番売り上げがあがるのかを教えて欲しい➡︎農業用AI

 

追突したり、人を傷つけたりせずに自動車を勝手に運転してほしい➡︎自動運転

 

50万件の判例をいっぺんに処理して勝訴の確率を教えて欲しい➡︎弁護士AI

 

インターネットで受診できて、これまでのレントゲンやMRIの画像判断を間違いなくできるお医者さんがほしい➡︎ 医療AI

滝の前で祈るとき、こんなことを感じていました。

人間はこうやって自然のなかでやっきになっていろいろ試しがなら

生き延びようともがいてる。

そのもがいていること自体が

経験したり体験したりすること自体が

生きる目的なんだろうな。

 

なにか正しい答えが自分のそとのどこかにあるような気がしている。

だれだってそれを教えて欲しい。

苦しみ抜くのは誰だっていやですもの、安全に楽に、そこに到達したい。

でも・・・・自分の外にそんなものはないんだ。

 

今「自分はどう生きたいのか」がわからない若者が増えているといいますが、

それは「こういう仕様になっている地球のなかで」

「こういう条件で生きてください」というルールのなかで

わからない、生きづらいと感じる人が増えているというだけだと思う。

若い人のなかに「自分の魂の望み」を知っている人がきっと増えてきているんだなあ。

昨日も中学生女子の方が参加してくださって、

ほんとうに楽しかった。

場にフレッシュな風が吹いていました。

Yちゃん、ありがとう!また来てね。

 

茂木健一郎さんがも早口で(笑)おっしゃってました。

「AIは知らない家に入って行って、コーヒーを淹れてみろと言われてもできません。人間はちょっと探せばできるでしょう。深くて狭い専門分野に対してAIは強いけど、できることはとっても限られています。

人間と脳の使っているところが全く違うから、棲み分ける、ということです」