「美しいもの」なんてこの地上に存在しません

そもそも「美しいもの」なんてこの地上に存在しません!

と言われたら、
え?って思われますか。
雑誌の表紙には「美しい富良野の花畑」とか
「美しいボディを手に入れろ」という文字が並び、
対象も心から景色からモノまで、
なんでも使える、というほど「美しい」は一般的な言葉です。

でも「美しい」っていったいなんでしょう。
「絶対的に美しいモノ」などあるのでしょうか。

美しいもの、というのはあらかじめそこにあるものではなくて、
それは結局みなさんの心と共鳴しているから「美しいと認識される」のです。

例えばの話、
物理的な側面から言えば
モネの睡蓮は、キャンバスにベタベタと色付きの化学塗料を塗りたくってあるもの、
ですし
美しい子守唄は、周波数(振動数)の違う音波を誰かの一存で並べてあるもの、です。

アートや音楽、アクセサリー、演劇、そういう芸術系に限らずとも
お花、夕陽、道路に伸びる影、
そしてひいては人の話、
そういったものに、「ああ♡」と共感する場面は誰にでもありますね。
あ~きれいな色だなあ~とか
この音楽ぐっとくる!泣ける~!というのはあなたの心が、
「美しさを見つけているから」ということになります。

その人の世界観、価値観、今までの人生の経験、
そういうもののすべてのうえにたって、
人の心が「美しいと感じる」
そのことのすごさを思うのです。
「どれが美しいと思う?」その質問にはロボットは答えられません。
「これが好き」という意志の力も、そこに要求されるからです。

そこにも自分の人生経験が総動員されていますよね。

そう思うと、神秘的ですね、人の心って。

美しいものを見れば見るほど、
聞けば聞くほど、
それに反応する<こころ>(科学的には脳、かもしれません)が
育っていく、という、人間はそういう仕組みになってます。

そう、美しいものを見れば見るほど、
<美しいものを見つける心のシステム系>が自分のなかで強化されていくのです。

どうぞ、日々美しいものを見つけてください。
見つければ見つけるほど、
あなたのなかにある同じものが、
ピカンピカンと光ります。
それは自分の内側にあるものと外側にあるものの、同じ振動数のものが同時に震える「共鳴」です。

そのピカンピカンは回数を重ねるほどに強化されて
やがてその強い光は必ずまわりに伝わっています。
それを人は「存在感」という言葉で表します。