感性ってとらえどころがないけれど、一体なんだろう

人はよく、感性、感性と言いますが、
感性ってなんでしょう。

繊細ってこと?
芸術的な素養?
感情の反応?
物事にたいする考え方?
ものの受け取り方?
表現(アウトプット)のしかた?

じつは「感性」というものには確固とした定義がなくて、
人はそれぞれ違う意味で使っていると思われます。

ウィキペディアには
「印象を受け入れる能力。感受性。また、感覚に伴う感情・衝動や欲望。」
と書いてあります。

クミシュラン的にいうと、
感性のひとつの側面は「共鳴」です。

何の共鳴かというと
自分のなかにあるもの(仮に意識といたしましょう)と
意識の外にある対象の共鳴です。

たとえば、そこに咲いているお花を美しいと思う。
それはお花が美しいのではありません。
➡︎というおはなしは長くなりますのでこちらへどうぞ!(*^▽^*)

個のなかに「美しい」「幸せー」「ん?なんかへんな場所」
「やさしそうな人」「今日は身体が軽い」等々の
意識がすでに持っているものと
意識がキャッチした対象
が響き合って意識に認識された。

もっというと

もともとフォーカスしていないから認識できていない意識のなかにあるもの、
が何かの外のきっかけによって再び見出された。

ことなんです。

意識は選んでものを見ています。

たとえば下にきれいなお部屋の写真があります。
「部屋のなかを15秒見て、赤い色のついたものをあげてください」といったとき、

「さあ、何がありましたか?」

ラグマット!という人と
奥の棚!という人と
絵のなかに赤色もあった!という人と
人によっていろいろなものを挙げるでしょう。

「ではグリーンのものはどのくらいありましたか?」
これに正確に答えられる人は多分いません。

部屋のなかをくまなく見たなら、
すべての場所を視線は通ったはずなのに
もしも意識がフォーカスしていないものについて聞くと
たいていの人は答えられません。
お部屋全部くまなく見たはずだったけど、
グリーンのものって何かあったっけ・・・・
となってしまう人がおおいでしょう。

「ああ!このハンカチきれい!」と感じた時、
それをきれいに思う感性はもともと自分のなかにあるのですが、
ハンカチによってそれが呼び起こされた、
思い出された、というのが

感性。感じ取るということ。のからくりだと
わたしは捉えています。

よく使っている顕在意識(4%)、
使ってないけど確かにある潜在意識(96%)は
自分の肉体に(脳に)紐付いているので、
知覚をとおして肉体にまず反応があり、
自分の内側のなにかと共鳴すると「〜〜と感じた」と意識に登ってきます。

上記のようなわけで、感性は自分の内側から
湧き上がってくるような体感があるのが普通です。

では感性はどうやって使うのがいいのでしょう。

常識といわれる文章になっていないゆるいルールや
科学的な法則含め
意識の外界にあるものを捉え、
まず、自分のなかで「快・不快」をセンサーとして感じ、
「美しい」「楽しい」「幸せ」または「いやだ」「接したくない」など
を感じ、
その上で外の世界との接点を見つけていく、
というのが
感性のうまい使い方ではないかなと思います。

「これが来年は流行りそうだ!」は
お金儲けにつながりそうな感性ですし、

「このポーチかわいい!」は
幸せにつながりそうな感性ですね。

そうやって感性は、ひとつひとつの局面で
知らないうちに自分をのびのびと生きられる世界へと
連れて行ってくれようとしています♡

なんとなく、
「この人といると心がざわざわする」と感じる人がいる。
どんなに「いい条件」を提示されて
その人といると「得」であると頭で理解していても
その「ざわざわ」に素直にしたがったほうが結果的によかった
ということはありませんか?

自分に必要なもの、必要でない世界や人、
そういうものを精度高く選別して
自分にとっての幸せな世界へ連れて行ってくれるのも
研ぎ澄まされた感性のなせるわざです。
感性は、芸術的なセンスという狭義な意味合いをはるかに超えて、
人間を自分が本心から願う方向へと導いてくれる、ものだと捉えています。