不登校ひきこもりの中学生が動き出すヒント その1 ~克服体験記 受け入れられないけれど、やったこと~

2020年7月よりHSCちゃんを育てる専門家でありHSP母のコラムを
15名のメンバーで日替わりでアップさせていただきます。

さまざまな立場からの、さまざまな年齢のHSCちゃんの子育て現場レポをどうぞ。

 


こんにちは。心とからだの栄養カウンセラー小川香苗です。

3年前、中学生の息子が起立性調節障害で不登校になりました。
親子で上ったり下がったりしながらも、なんとか不登校を克服することができました。

現在息子は、自分のなりたい進路に向かって高校生活を送っています。

このコラムでは、息子が不登校を克服するまでの体験と、
「そうだったからかぁ!」とその理由に納得できるまでを連載しますね。

 

 

不登校からひきこもりまでになってしまった。なぜ?】

このコラムを読んでくださっているあなたは、
不登校のお子さんがいるお母さんですか?
もしそうでしたら、あなたはどんな段階をたどっていますか?

 

私はまず受け入れられませんでした…。
あなたも、なんとか学校へ行かせようとされましたよね?
最初から、子どもの気持ちに寄り添うなんて、難しいですよね。

自分の子どもが、同級生との学校生活、社会から脱落してしまうような恐怖。
そんな恐れに、この先どうなってしまうのだろうと不安になりました。
もちろん私も子どものためと思って、解決策に必死になりました。

でもそれだけではなかったと思います。

子どもを学校に行かせられない親になるのがイヤだったのです…。

 

学校を休んでいる間に、息子の体調は少しずつ戻ってきましたが、
息子は休んでも、心から元気!となることはありませんでした。

「学校に行く」 やっぱり行けない。
「短時間で行こうかな」 やっぱり行きたくない。

「じゃぁ、地域の支援学級にいってみる?」
「フリースクールへいく?」
「カウンセリングにいく?」 話したくない…。
「不登校のサポート校があるそうよ。」
「気分転換においしいものでも食べに行かない?」

「行きたくない。買い物も、大好きな映画にも出かけたくない…。」

最初のうちは、一緒に散歩したり、病院に起立性調節障害の検査に行ったりしていたのですが、
そのうち、あらゆる提案も予約止まり、見学もお断り。
私は空振り三振ばかりになりました…。
親がどんなにがんばっても、
子どもが自分の意志で動こうと思わなければ、
状況の変化には繋がりませんでした。

どんなに励ましても、厳しくしても、
小さかった頃のように子どもを動かすことはできないのだなと実感しました。
そんなこと、あったり前なんですけれどね!
逆に、中学生で親の言う通りになったら問題かもしれません。

それにしても。
子どもの『学校へ行かない』という気持ちのすべてを受け入れ、
子どもの今、ありのままを、存在そのものを認めているのに、
息子はなぜ、動き出せないのだろう???

 

私は不思議で仕方ありませんでした。
息子の元気がないことは、悲しくて仕方ないし、
よかれと思って進めることは、うまくいかない日々。
私の感情は、悲しみだけではなく
息子や周りに対する怒りに変わることもありました。

感情が爆発しないように必死でした。

なぜ?から、どうなりたい?とやっていったこと】

『体調を崩しただけ・学校も塾も部活もと、頑張りすぎただけ』
そうではないのかもしれない。
私はようやく問題の本質を考えるようになりました。

あんなに楽しそうに話していた友人達とも
全て連絡を絶ち、まるで別人のようになってしまった息子。

悲しんでいても、怒っていても、なんにもならないのはわかっている…。
当時はとにかく、
『未来はどうなりたい?』 そちらに意識を向け続けました。
(あぁ、しんどかったなぁ)

少しずつ、少しずつ、
社会との繋がりを息子へ届けていきました。

最初は、カウンセラーの話、
在籍中学の友人から聞いた話、
担任の先生、祖父母、
とにかく家族以外の人の話を丁寧に伝えていきました。

『あなたのことを、こんなに想ってくれている人がいるんだね』
『あなたのことは、だれも悪くなんて言ってないよ』という事実が届くように。
多感な時期なので、さりげなく。
息子が思い込んでいることを溶かしてあげたいと思いました。

スクールカウンセラーがどう話しているか伝えていくうちに、
息子の返事の気持ちは、ぽつりぽつりと言葉になっていきました。

その言葉を、私からカウンセラーへ伝えるようになりました。
担任の先生からは、キャラクターを丁寧に描いた絵や、
季節を感じた言葉だけを書いたものをいただきました。

激励でも、うかがいでもない、それだけ。たくさんのメモ。
どんなにうれしかったでしょう。今でも思い出すと涙がでます。

息子は家を出ることもできない状態でしたから、
学校に入るどころか、街中へ向かうことも大変なリハビリが必要でした。

病院へいくことは、その必要性から息子の中で正当化されるようでした。
学校から案内があった、内科・耳鼻科・歯科・眼科検診をフル活用しました。
体のために行かなくてはならないという理由は、なんとか動けたようです。
眼科検診で眼鏡が必要と作りに行ったり、耳鼻科の後に本を買ってみたりと、行動範囲も広がっていきました。

息子・私・学校との伝言ゲームを繰り返しているうちに、スクールカウンセラーの計らいで、学校へ行ってみるというチャンスにたどり着きました。

PTA用の出入り口から、忍者のようにカウンセリングルームに滑り込む!

壁づたいにカウンセラーが道案内。「だれもいないぞ。今だっ」とアイコンタクト(笑)

なかなかスリリングだったようです。

授業中、他の生徒に合わない時間帯や、部活も完全下校してからの時間帯、
雨の日は傘が、心の負担を軽くしてくれたようです。

こうして、外出の機会を増やしていくうちに、
玄関を出る前に外をきょろきょろ伺ってから出るようなことも、なくなっていきました。

「外に出てしまえば、意外に大丈夫、怖いことなんてなかった」と感想を言っていました。

ついには、息子は毎週ひとりで担任の先生に会いにいくようになりました。
親が学校からの配布物を受け取りにいっているのを見て、本来は自分の役割と思ったそうです。

当初はお友達が届けてくれていましたが、先生から家庭訪問のご提案があったのも恐縮でしたし、学校側から面談を要望されることもありました。
そんなわけで、親が学校へ行くことで、先生との情報交換もできると切り替えました。

親まで行くのがしんどいときは?(苦笑)
そんなときは、無理をしないで電話で済ませて、続けました。
行けば必ずニュースがあるので、学校とリアルにつながっているという空気感も息子に伝わり良かったのではないかと思います。

最終的に、息子は公立の中学校へ籍をおきながら、
不登校のサポート校へ通うことができるようになりました。

在籍校には週1回程度行きましたが、担任の先生と会うこと、学年集会や掃除などの参加にとどめ、授業など毎日の学生生活は不登校のサポート校へ通うことを選択しました。
在籍校と不登校サポート校で連絡連携をとって、出欠席も在籍に反映してくださり、
とてもありがたかったです。

今回は、不登校で家から外へ出られなくなった息子と、
他者との関わりをどのように回復していったのかをお話しました。

ブログでは、不登校から今の変化もお伝えしています。
よろしかったら遊びにきてください♪
https://kosodate-mamaup.com/archives/category/blog

次回は、不登校サポート校へ通い始めるまでのいきさつと
息子の気持ちがやっと理解できたお話しますね。
どうそお楽しみに!

 

◆これまでのコラム

シラスに、ガラス破片混入?!(偏食や少食、食の感覚過敏で困っているお母さんへ)

あなたのお子さんは本当に弱いですか?~体調を崩しがちなHSCちゃんのお母さんへ~

 

writer: 小川香苗(20歳女子、16歳男子、13歳女子の母)

・心とからだの栄養士
・HSPメッセンジャー 
・小川香苗 オフィシャルサイト 
「起立性調節障害・不登校から元気に」https://kosodate-mamaup.com/


photographer: 長束加奈(10歳男子、8歳男子、6歳男子の母)

・instagram: https://www.instagram.com/kananatsuka