2020年7月10日
私の息子は、小学1年生の一週間目あたりから行き渋りが始まり、
夏休み明けから完全不登校になり、現在は、小学3年生。
紆余曲折ありましたが、
自然豊かなところに移り住み、今はホームスクールで過ごし、
たまにフリースクールに通っています。
行き渋りが始まり、だんだんと行けなくなった頃の息子が、放つ言葉には、
心に訴えかけるものがあり、本質をつくような、
大人がはっとさせられることが多々ありました。
その言葉達から、
彼には何が見えていて、何を思い、何を感じ、何を訴えたいのか。
一緒に感じ、彼らの見ている世界を覗いてみてください。
また、HSPの私も、親として感じたこと、気づきを書いていきたいと思います。
2018.9
『もぅさ、自由がいい。俺通りに生きたい』
6歳の彼が、
怒りとともに吐き出すように、言い放ちました。
この頃は、完全に不登校になる前で、
本人は学校に行けない自分がダメなんだと思っているところがありました。
私は、シングルマザーなので、
行ってもらわないと仕事に行けずに困る、
でも、彼の行きたくない気持ちも受け止めたい。
どうしたらいいの・・・という状況。
そんな中、彼が放った言葉は、パワーが凄くて、
彼の置かれている学校という環境が、
彼には本当に合っていないんだろうなと感じた瞬間でもありました。
自由と不自由を感じているあたりに感心するし、
それを伝えられるところや、俺通りにっていう、
自分の意思を持っているところに、
一人の人として、凄いなって思う。
この怒りを、パワーに変え、原動力に出来たらいいなと思ったし、
この感性と創造性を伸ばしてあげたいなとも思いました。
同じような言葉がもうひとつ。
『僕は僕通り!みんなはみんな通り!』
この言葉も、自分の思い通りにしたい、
やりたいようにやらせてくれーという心の叫びなんだなと。
学校では、同じように動き、正しさを求められ、
ふざけることはダメだとされ、
とても息苦しいんだと感じているようでした。
なぜ、同じようにしていないといけないのか。
なぜ、周りと違うというだけで、
✖️バッテンを付けられなければいけないのか。
なぜ、楽しいことをしていると怒られるのか。
家では、学校と学童から帰ってすぐに、
ご飯の時間にお風呂の時間、さぁ、寝る時間だよって、
ママと遊びたい、楽しいことしたい、ふざけたい、
俺の自由はどこにあるんだーーー!
と、叫んでいるのだと感じました。
そうだよね、窮屈だよね、
と私も自分の子供の頃を思い出しながら、
私も学校嫌だったなぁ、
とか思い出しちゃって。
私はこんなにもストレートに言葉で表現はできなくて、
行き渋りという形で、訴えたけど、
親の権力には勝てなかったことを思い出したり・・・。
私は、この子にどうしてあげられるだろう。
私に、何ができて、何ができないのだろう。
葛藤して答えが出ない。
でも、目の前にいるこの子は、苦しいって言ってる。
学校に行けない自分は、
ダメだと自分に✖️バツをつけるようになってきた。
このままじゃ、この子の良いところも潰してしまうような気がする。
どうする私。
私はどうしたい?
と自分に投げかけて、私の出した答えは、
『学校、行かなくていいよ』
でした。
これが正解なのか、わかりませんでした。
でも、正解なんてないんだとも思いました。
みんな違って、みんないい。
正解は、自分が決めればいい。
生きているだけでもうじゅうぶん。
そんなことも、彼は伝えてくれてるんだろうなと思いました。
その頃から3年経ちました。いろいろありました。
現在の彼は、笑顔いっぱいに、
生き生き伸び伸びと俺通りに自由に生きています。
私はというと、あれからは一人で頑張ることを辞め、
周りに頼るということを覚え、
たくさんの人に助けられながら、
彼の特質に手を焼きながらも、
それぞれが心地よくいられる場所を作っているところです。
私も私通りに、私らしく、生きられるようになってきたなぁと感じます。
彼は、私たちが私たちらしく生きていくために必要な、
大事なことを教えてくれたのだと思います。
感受性が豊かで、譲れないこだわりを持ち、
自分を曲げない強さがあって、
繊細で人の心を読みとるほどに敏感な彼。
まだまだある印象的な言葉の数々を、これからも綴って行きたいと思います。
では、また!!
writer: すどう ふみこ(9歳男子の母)
・心理カウンセラー
・自然とともに生きる活動家
・FB: https://www.facebook.com/235nococoro