内的世界が多い人は「道」という字がつく習い事をするといい

 

書道のおけいこに行きました。

久保田吟水先生の(↓先生のFBよりお写真を拝借しています)

書道はいつも深くって本当にすばらしいのです。

滝行と同じで、

書道はそのひとを隠すことなく

映す!

 

吟水先生の書道では
書く字も自分で決めます。
 
その時期にしか書けない字、または
自分の心のなかにある字、を書きましょうか。

書き初めは目標とか決意表明を書く時期、
この時期は感謝とかそういう心持ちでもいいし、
または季節を表す文字はどうでしょう。
 
わたしは、「奉仕」の「奉」の字にしました。
 
先日の滝行で「奉仕」がテーマで、
「人のため」という思いを捨てる、ことがテーマだったのです。
(奉仕なのに?人の為を捨てる?と思った方、長くなりますので、今度にしますね。)
 
 
最初に書いたものはこちらです。
はずかしい・・・。
小学生かっ!というところから入る、いつも。
 

そのうちこうなり・・・

 
こうなり・・・・

 

先生が途中でさらりと書いてくださった書はこちら
 

 

 
ため息がでるほど
美しく、世界観をまとった字でしょう。
そしてなんという力の抜けた文字。
たてまつる、って滅私の文字なんだって
このお手本を見るとよく理解できる。
 
 
左のはらいを見てください。
「女性はこの左払いが直線的で強く、
胆力で生きてる!って感じがでてしまう人が
多いのですね。
やわらかく、やわらかく・・・」
 
ガーン
 
そして奉は「自分が自分が、というわけでもないだろうし」
 
滝汗ぎく。
 
するどすぎる・・・。
 
自分を滅する、
エゴから離れる、ということが
奉の字が持つメンタリティ。
 
なのに、わたしのなかの
自分が主張してるしてる・・・・
 
意志をもって書くということと、
主張しない字を書くということは
両立するのかしないのか・・・
ということは一生かけて
追求するようなことなのだろう。
 
 
書き始めの筆のおきどころ・・
線は右斜めうえに・・・
左ばらいをやわらかく・・・
流れるように線と線が関係をもって・・・
思考が流れ流れて
それを空っぽにしてかけたらいいのにと
途中なんどもおもいました。
 
 

60枚くらい書くうち、

もうクタクタになってきました。
 
「手も知らないうちに疲れてくるので長く書けばいいというもんじゃないです。
一番いい頃合いにささっと書いてやめる」
 
書写ではなく(お手本を見て綺麗な字を書くではなく)
書道というのはまさに自分を見つめる「道」なんだなあと
今日も思いました。。
 
これが最後のほうに書いた字。

「奉ってやりますぜ、わたし!」

という字だなあ・・・あせる

 
 
そういう字が書きたかったわけではないけれど、
先生みたいな力の抜けた字が
書いてみたい!
 
もちろん道ですんでね、
そんなにうまく一回で到達することはできないのですよ。

 

ご一緒していたお子さんが書いた「鮭」。
けなげに泳いでる、生きてる鮭に見える。

 

別のお子さんが書いていた「メロン」
なんと迷いのないメロン。
メロンでしかないメロン。
 
じんわり感動するのです。
邪念がない、文字に。
 
 

文字の持つ、

生きているかのような力。
それをいろいろな角度から感じることができて
今日もとっても楽しかった。
今日も生きていてよかった。

先生、ご一緒させていただいた皆様、今日もありがとうございました。

 

以前、薬師寺の松久保僧侶が

「仏教を日常に取り入れるためにはどうしたらいいですか?」

という質問に対して

「日本人は【道】という字のつくものをするといいです。」と

答えられました。

 

書道、華道、茶道、香道、弓道、武道、、、、、、

 

道を極める。

それはまさに感性をセンサーに人生を歩いていく道です。

内的世界を多く持つ方は豊かな人生を送る為に

ぜひ。

ぜひ。

お勧めします。