2021年7月9日
久しぶりにわなわなと震えるくらい、怒りが湧いた出来事があった。
ささいなことだったのだけど、娘と大喧嘩になってしまい、お互いに大きな声で怒鳴り合って。
はぁ、やっちまった感。
娘が困っていたので、私は助けてあげようと思ってあれこれ手伝ったのに、
娘には感謝されるどころか責められた感じがした。まぁ、よくある親子げんか。
なんなの、あなたのことを思ってやってあげたのに。
こんなにやってあげてるのに!
そんなことなら、私に頼らないで最初から自分でやってよ!
そんな思いが沸沸と湧き上がり、ちょっとやそっとじゃ怒りが治らない感じがしたので、
自分の身体にほとばしる熱い怒りを感じながら、
タッピング(経絡を軽くトントンと刺激して感情を解放する心理セラピー)をしていった。
湧き出るたくさんの思いを感じながら、
「そうか、そう思ってたんだね」
「その気持ちよくわかるよ」
「それなら怒るの無理ないね」
と、自分自身の寄り添う言葉をかけていると・・
ポンと湧いてきた言葉・・
「あや、悪くないもん!」
まるで、子どものような口調で、拗ねている私が出てきた。
悪くないもんって拗ねていたのが、何歳の時のどの出来事だったのかはっきりとは思い出さなかったけれど、「悪くないもん」って言い張っているこの「小さな私」はすご〜く馴染みがあって、大人になってからもずっと私の中にもいるというのがはっきりとわかった。
私はいつも、この「小さなあやちゃん」を心の隅っこに置いていて、「小さなあやちゃん」の目で世界を見てきている。
責められたと感じる時、いつもこの小さなあやちゃんが「わたし、悪くないもん」って叫んでいたんだ。必死に。「あなたは悪くないよ」って認めて欲しくて。
夫と意見が違って話し合った時も、昔勤めていた職場で上司にミスを指摘された時も・・。私はいつだって、私が悪者にならないように頑張っていた。
そう、「責められたと感じた時」と書いたのは、私が「責められてる!」と反応する時に必ずしも相手が私を本当に責めているとは限らないから。
もちろん、怒りのテンションで言葉を発せられると責められたと感じるけれど、本当に相手が私を責めているかはその本人にしかわからない。単に、機嫌が悪いだけだったかもしれないのだから。
もし相手には私を責める気なんて全くない時でも、私が「責められた」って感じたら、それは私にとっては100%「責められた」という事実にしか見えなくなるんだ。
よくあるでしょ、そういうこと。親子間、夫婦間、友達との間や職場でも、単なる言葉が「責めているように」聞こえることや、逆に自分が何気なく言った言葉が「どうしてそんなに私を責めるの?」と相手に受け取られるようなことが・・。
私たちはそうやって、起きている出来事(事実)を自分なりに解釈してその解釈(思い込み)を真実だと信じて生きているイキモノ。自分の内側にいる小さくて傷ついている自分自身を、外側の世界に投影して生きている。
生まれてから親や大人に言われたことや社会から受け取った価値観や常識、固定観念、愛着の不安から生まれる間違った思い込み、トラウマがもたらす感情や体感、などなど、様々なビリーフ(信念)やセルフイメージ(自己像)と言われるフィルター(解釈)を通して世界を観ている私たち。
様々なフィルターを同じ組み合わせで持つ人なんて、この世にあなた以外はいない。そんな風に一人一人違う私たちが、自分オリジナルのフィルターを通して世界を見ているんだもん。そりゃ、意見が違ったり、どんなに説明してもわかってもらえないと思って悲しくなったりイラッとしたりするはず。
だからね、そもそも相手にぜ〜〜んぶわかってもらおう、理解してもらおうっていうのが無理な話なのだけど、まぁ、そんなの頭ではみんなわかっているし、理性のある大人のふりして「みんなちがって、みんないい」とか言ってみるんだけど。
心の奥では「わかってー!」「認めて〜!」「このままの私を愛して〜!」っていう叫びがリアルに体感を伴って存在していたりする。
娘との喧嘩の話に戻すと、あの時、私の心の奥で傷ついていた小さな私は、「誰も私のことをわかってくれない」「私はいつも悪者になる」「頑張っても報われない」そんな叫びのような思いを心の奥の奥で抱えているみたいだった。
そこには、悲しみや悔しさ、怒りや無力感がぐちゃっとついていた。
その心の叫びとも言える私の思いを、一つ一つ「私が」受け入れて解放していったとき、娘への怒りは消え、責められていた感もすーっと和らいでいった。
私が私をわかってあげたとき、私の感情は昇華した。
つまりね、本当に一番わかってほしい相手は・・・
他の誰でもない、自分自身なんだ、ということ。
タッピングのセラピーをした後に、改めて娘と意見が違った出来事を振り返ってみたら、気付いた。
私はそもそも娘から何も頼まれてなかったよね?
勝手に先回りして機転を利かせてあれこれやっていたのは、私だ。
またやっちまった。境界線越え。
そして、娘は確かに困って困惑していたけれど、自分で解決しようとしていただけだった。
私が勝手に心配して、娘が困らないようにとアレコレやっていただけだったし、そうやって娘にはできないだろう、と娘の持つ才能や力を信じてあげられていなかったな、というのがストンと腑に落ちた。頭の理解を超えて、体感で納得した。
娘のことを思っているようで、実は自分が困らないように頑張っていたのは、この私だったのだから、笑っちゃう。
怒りが治まって素直に(笑)なった私は、娘に謝った。
「ママがちょっとやりすぎたね。あなたのこと信頼してなくてごめんね。」と。
HSP娘は一言、
「ほんとだよ。心配だったのはママなんでしょ。私は全然大丈夫だったのに」だって。
はい、ほんとその通りです(笑)
改めてわかった。感情を感じきると流れていくこと。
そして、どんなに自分の外側の世界が間違いに見えても、それは自分の持っているフィルターを通して見ている世界でしかない、ということ。
感情が流れていくと、目の前の世界はフラットでニュートラルでやさしさに満ちていく。これは、体で体感しないとわからない。
感性キッズのオンラインイベント、マママルシェにご参加くださった方のアンケート結果で、知りたいことナンバー1は「HSPの親としての気持ちキープ法」だそう。
ほんと、子育てだけでなく、仕事もパートナーシップも人間関係も、感情が揺さぶられること満載ですもの。どうやって自分の気持ちをキープするか、どうやって自分自身の感情に対処するか、というのは知りたいですよね。
最近は「ネガティブな感情を感じてもよい」「感情を感じ切ろう」というメッセージもSNSや書籍などで見かけることも多いので、ご自身でトライしていらっしゃるママ(パパ)も多いのでは?
感情をずっと閉じ込めてきた人には、感情を発散していいよ、感じて良いよ、と言われても、急にはなかなかうまくできないと感じるかも。
だって、私たちは無意識のうちに「怒っちゃダメ」「悲しんじゃダメ」って本当の気持ちを封印してきたし、その悲しみも怒りも、実は自分自身を守るために健気に握りしめてきたものだから。
そんな方には、プロのセラピストと感情解放を体験していただきたいな。プロのサポートで感情解放すると、拍子抜けするくらいあっという間にスッキリするの〜♫
今週土曜日の「第6回マママルシェ」では、タッピングセラピーの体験ブースを担当していますので、急だけどお時間空いてる〜という方は、日頃のモヤモヤやイライラを解消しにいらっしゃいませんか〜?
頭ではわかっているのに、なんだかモヤモヤするときは、潜在意識からのメッセージ。
いつも頑張っているご自分をやさしくねぎらう時間をご褒美に、これからやってくる夏休みを乗り切りましょ!
お待ちしてます♫
↓画像クリックで詳細ページにとびます。
◆前回までのコラム
・HSCの個性を伸ばしてあげたい!でもありのままの我が子を受け入れるのって難しい!
・「泣きたいのはこっちだよ!」と思うママへ。思いっきり泣いていいよ!
writer: フィールドあや(17才女子の母)
・HSP専門 心理カウンセラー&セラピスト
素の自分のままで自由に軽やかに生きたいHSPさんをサポートしています。
ブログ:https://ameblo.jp/love-urself/
公式LINE: https://lin.ee/3NvwD6m