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インタビュー/世界は広いな大きいな

公教育って何だろう〜教育研究者/鈴木大裕さんロングインタビュー②

2018年10月20日

高知県の限界集落・嶺北地区で
教育を軸に町おこしをされている
NPO法人SOMAの副理事であり教育研究者・鈴木大裕さんに
インタビューさせていただきました。(2018年夏の高知にて。)

<第1話>
➡高知の自然のなかで幸せな子どもを育てよう!①〜教育研究者/鈴木大裕さんロングインタビューはこちらです

公教育って何だろう

皆川:鈴木大裕さんは

アメリカの公教育のビジネス化による崩壊についてのレポート
「崩壊するアメリカの公教育〜日本への警告」というご著書を上梓されています。
その背後には日本の教育もそこに追従しているなという実感がおありだったんですか?

「崩壊するアメリカの公教育  日本への警告」
鈴木大裕著・ 岩波書店

 

大裕さん:そうですね。あっちで公教育の市場化が始まって、
いろんなサインが日本でも表れ始めています。
一つの例でいえば民間人校長の流れだとか、あと学校選択制だとか、
2007年に全国学力調査が40数年ぶりに復活したんですね。

単に復活しただけじゃなくて、以前は抽出式だったものが全員参加になったこと、
同時にもし地方自治体が認可すれば学校別の成績も開示できるように規制緩和されたので、
そうなったら親の心境としては
「もしうちの子どもの学校の成績を知れるんだったら知りたい』
「いい学校に行かせたい』って人がいっぱい出てくると思うんですね。

そうなったら公立学校のなかで序列化ができて、
その中で学校を選ぶっていう方向に行くのは目に見えていたので、
そこらへんはすごい危機感がありました。

皆川:親の立場からいくと、学校で学力調査してるんだったら
自分の子どもの学力開示してくれるのはある程度当たり前じゃない?
って考えがちだと思うんですけど、その先に公立学校の序列化が起こってくるのですね。

大裕さん:結局は競争を促してるってことです。
僕なんかの公立学校のイメージでは自分が住んでいる地元の学校に行く、
その学校っていうのはすべての人たちに門戸が開かれていて
希望すれば誰でも入れる、そういうものです。

ですがアメリカの現状を見ていると、学校選択制が始まって、
もちろん選べる親もいるんですけど選べない親もいて、
選べない親にとっては「学校選択制」における選択肢は実は学校のほうにある…。
つまり「学校が保護者を選んでいく」っていう方向になるわけですね。

今年二月にアルマーニ標準服の事例があったじゃないですか。
結局はあれをやることによって、その学校を選べない、入れない人たちが出てくるっていうのがポイントだと思うんですよね。あそこの校長先生が『うちの保護者だったら払えない人はいない』っていうような言い方をしてて、だから結局は特定の家庭層の囲い込みのための公立小学校のブランディングです。

埼玉なんかでもブランド小っていうのがあるみたいですね。
そこに行けばいい中学校に受験して入れるっていう。
だから子供の入学を転機に引っ越しをして、実績のある学校に富裕層がどんどん集まってくる。

皆川:不動産情報にそれも入ってきますよね。(笑)

大裕さん:そうですね。今では都内で不動産やる人は、担当する学区の小中学校の情報なしには商売にならないそうですからね。

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アメリカの公教育のある側面

皆川:アメリカではニューヨークにお住まいになってたわけですけど、コロンビア大学の南側、いわゆるスラム街といわれるところに居を定められたわけですよね。
そういう実体験をなさって、
より一層ブランディングや貧富による差を感じられたということですか?

大裕さん:そうですね。あの体験がなかったら自分の教育観も相当違ったんじゃないかなって思います。あそこまで教育格差がひどいとは思っていなかったので。

やっぱり本で読むのと自分の子どもの学校で体験するのとでは全然違うじゃないですか。
入った時に唖然としたのは人種がものすごく限られていることです。

黒人とラテンアメリカ人ばっかりでアジア人は我々が初めてでした。

皆川:そうなんですか。以前伺った講演会の時もランチサービスの時間が常識はずれに早いってことをお話されていました。(朝の9時半とか!)

大裕さん:だから結局は声を上げられない貧困層の人たちがどんどん冷や飯を食べなきゃいけなくなってくるっていうことです。
あのときは校舎の中に三つの学校が共存していて、生徒数が多いほど発言権が強かった。
うちは弱小だったんでどんどん後回しにされて体育館も使えないし、
図書館もほかの学校の教室として奪われてしまったし、ランチなんかも朝の9時半に食べてくれって言われた。それってどうなんだみたいなことでやっと立ち上がって親をまとめ、いやそれはだめでしょってことでなんとか跳ね返したって感じだったんですけれど。

チャータースクールとか公設民営学校は一年の授業数がすごく多いんですね。
夏休みも短いから新学期も早く始まる。早く始まるってことはカリキュラムもその前にできてるってことですよね。うちはこのスケジュールで行くけどあんたたちどうするって言われたときに、こっちはまだできてないわけですよ。
じゃあどうぞってことで体育館が全部あっちのスケジュールで組まれてこっちは使えないとかいうこともありました。体育館が二つ校舎の中にあったんですけど、生徒が少ないのと声を上げてこなかったってことで、入った年は体育館が使えなくて。

皆川:そうだったんですか(驚)学区じゃなくていろんな学校が、一箇所に共存してるってことですか?

大裕さん:そうです。うちが公立小学校、もう一つがパイロットスクールみたいなコロンビアの附属中学校、であとはチャータースクールの小学校があって。そこで三校が一つの建物の中でひしめき合ってる状況でしたね。入った年は体育館が使えなかったので、教室で机を端っこに置いて教室内で体育活動をしていた感じでした。

貧困率もひどくて、最低生活水準以下の家庭が8割、五人に一人がホームレスの子たち。ホームレスってことは教会とかシェルターみたいなところから毎朝通ってくるわけですよ。

(注:チャータースクール:従来の公立学校では改善が期待できない,低学力をはじめとする様々な子どもの教育問題に取組むため,親や教員,地域団体などが,州や学区の認可(チャーター)を受けて設ける初等中等学校で,公費によって運営。)

皆川:ニューヨークのマンハッタンの話ですよね!信じられないです。
セントラルパークからそんなに遠くないエリアですよね。

アメリカの教育に対しては本質とか才能を認めた教育がなされているっていうイメージが勝手にあったのでびっくりしました…

大裕さん:実際、そういう学校もいっぱいあるんですけど、負の側面の部分があまり発信されてこなかったんです。でもそれは理にかなっていて、結局はアメリカで子どもを学校に行かせて日本に帰ってきて、それを発信できる人ってエリートばっかりですよね。
なので駐在でいった家庭とか、研究者として家族で行った家庭っていうのは、
学園都市だったり裕福な地域だったり、ほんとに手厚い教育が与えられています。
障害を抱えたお子さんでも場所によっては一人に1000万円程の予算がついちゃうところもいっぱいある。ただ、うちのような学区でもともと予算がない中で障害を抱えてるお子さんは悲惨です。

皆川:アメリカのそういう今まで語られなかった闇に関しては全く情報がなかったので本を拝読してほんとに驚きというか、イメージと全然違いました。

大裕さん:そうなんですよ。僕自身いいイメージを持ってて、それにあこがれて行ったっていうのもあるので、勉強すればするほど負の側面が出てきたっていうのは驚きでしたね。

皆川:アメリカには2度にわたって長期滞在されているんですよね?

大裕さん:16歳から修士課程まで8年間いて、帰ってきて千葉で教員免許を通信課程で二年半かけて取って、6年半教えて、そっからまた(コロンビア大学に)。
さっきの話なんですけど、いい学校もいっぱいあって、悲惨な学校もいっぱいあって、
何をもって公教育っていうんだろうっていうのが本で言いたかったところで、
公教育っていう中でこれだけの格差があってなにをもって公っていうんだろうって。
『公』っていう部分がどんどん縮小されてるような気がしました。

そういう貧困地区に行くと、教育そのものが成り立たない状況、それこそテストばっかりで学校はテストの点数が低いと予算も削られるし生徒はいなくなるし廃校に追いやられる可能性がある。
そういう中で、どんどんテスト対策に予算と人とエネルギーをかけてくので、社会やらない理科やらない、体育関係ない、美術・音楽もっと関係ないみたいな方向になって行って、
うちの学校でも音楽の先生も体育の先生も美術の先生もいなかったのです。

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<後記>

公教育に対してのお話を伺い、ああ、
そこは普段あまり考えることがなかったなあと思い返しました。

「近所に公立の小学校があるのは当たり前、中学校も義務教育なんだから当たり前。」

でもその公教育の質がどこも同じように保証されている、ということは実はあたりまえではなかったのかもしれません。そういえば教育国家として有名なフィンランドの教育大臣が「子どもは近くの学校へ行くのがベスト。フィンランドでは学校はどこも同じです」と断言しているのを映像で見たことがありました。

じゃあ、「その教育の質」とはなんなのでしょう。

第3回に続きます。

次回は、

お母さんは、鈴木大裕さんをこう育てた〜アメリカの高校へ

アメリカのエリートは、あえて子どもをリスクのなかに投げ込む です。

<鈴木大裕さんプロフィール>

1973年神奈川県生まれ。16歳で米ニューハンプシャー州の全寮制高校に留学。そこでの教育に衝撃を受け、教育を志す。コールゲート大、スタンフォード大教育大学院で教育学を学び、帰国後に通信教育で教員免許を取得。千葉の公立中で6年半教える。後にフルブライト奨学生としてコロンビア大教育大学院博士課程へ。土佐町での教育を通した町おこしに取り組む傍で執筆・講演活動も行なっている。著書に『崩壊するアメリカの公教育:日本への警告』(岩波書店)。

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