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うちの子育て奮闘記

不登校ひきこもりの中学生が動き出すヒント その2 ~克服体験記 反抗期、勉強の遅れを心配するお母さんへ~

2020年11月10日

こんにちは。栄養士・心理カウンセラー 小川香苗です。

3年前、中学生の息子が起立性調節障害で不登校になりました。
当初はこじらせ、食事もとらず、引きこもるまでに…

なんとか不登校を克服し、今は自分の選んだ進路で高校生活を送っています。

【ひきこもりから自分で学校へ行くまでの流れ】
前回のコラムはこちら!
↓↓↓
不登校ひきこもりの中学生が動き出すヒント その1
~克服体験記 受け入れられないけれど、やったこと~

 https://kanseikids.com/column/200903/

今回のコラムは、
長引いた不登校。いまさら、学校の授業も受けられない。ついていけないと思う…。
だからといって、

「ひとり家で勉強なんて、今更できないよ。」
「ホームスクーリングの気力なんてないよ。」

そんな状態だった息子が、不登校のサポート校に通い、勉強するまでのお話です。

私のたどりついた結論は、

『お母さん、不安はわかるけれど、心配しすぎないで。
その心配は伝染します。
勉強は後からでも、なんとでもなります。
社会と繋がりましょう!』 です。

とは言え、そう当時の私に言っても安心できなかったと思います…。
それでは我が家のケースをお話します。

 

【不登校の息子の居場所探し、お母さんが誰かと繋がる大切さ】

あなたは、不登校のお子さんが選択できる居場所を、ご自宅以外にどれくらいをご存じですか?

過日、HSP未来ラボの仲間から、岐阜の不登校特例校設立のニュースが流れてきました。
なんと公立中学校ですよ!現場が時代にやっと追いついてきた感があります。

私は、息子が学校に行けなくなってから、
次の行動を提案しては撃沈する、そんな日々が続きました。
(詳しくは前回のコラムをご覧ください

 

白状すると、私は息子の勉強が遅れることを
とても心配していました。
「体調が悪くても、できることはあるでしょ」と思っていました。

学校へ行けない理由に、学習の遅れが追加されることが心配でした。
担任の先生や友人たちがノートやプリントで授業の進捗を教えてくださっていましたし、
不登校が長期化するなんて思いたくもありませんでした。

けれども、1か月2か月とあっという間に時は過ぎ、季節は変わりました。
もちろん、何もしなかったはずもなく、私は息子に寄り添い励まし続けました。
でも、それは寄り添っているつもり、そう、つもりだけでした。

「お母さん、足を骨折している人に走れとは言わないでしょう。
息子さんは心にケガをしているようなものです。」

スクールカウンセラーにも、大学病院の小児科部長にも、
「様子を見ましょう。休ませましょう。」
と言われました。

そうか、私は本当の意味で寄り添っていなかったんだ…。
自分の心に向き合いました。
学校に行けなくなった初期に、過剰に登校刺激をしてしまった大反省もしました。

 

でもね、このままじゃだめだよね…。

なんとかしようという気持ち、なんともならない絶望。
スクールカウンセラーに支えていただきながら、
現状を聞いてもらうカウンセリングが続きました。

そう、「この様子を見ましょう」は、くせものです…。
ただ見守るだけでは、時間は過ぎていってしまいます。
そして焦ればあせるほど、状況は悪化していきました。

スクールカウンセラーに想いを話すと、どうしていこうかと、一緒に考えてくださいました。

子どもが不調のとき、ひきこもりの暗雲は、お母さんの心もモクモクと暗くします。
そんなとき、お母さんが社会と繋がって、たくさん情報を受け取り、
『お母さんがだいじょうぶ』でいてほしいのです。
繋がる前、だいじょうぶではなかった私は心からそう思います。

 

平日昼間もやっている学習塾や、訪問支援などもいろいろと調べました。

その中でもテレビで紹介されていたという家庭訪問支援を、スクールカウンセラーに教えていただきましたので、ご参考に記載します。

東京家学・関西家学 https://tokyo-yagaku.jp/

外に出られない状況の子に支援者が家庭訪問をしています。
勉強に限らず、話し相手になったり、ときには将棋をさしたり。外出して小遠足やスクールへ同行したり、外の社会との繋がりを導いてくれるそうです。

そのうち、私は腹をくくり、勉強はともかく、
息子にも、『家族以外の人、社会との繋がりを持ってほしい』
ただそれだけを願うようになりました。

残念なことに、探したフリースクールは、どこも自宅から離れていました。

私は、地域の支援センターへも何度か行ってみました。
元学校の先生(OB)が見守ってくださり、お楽しみのイベントもあり、通わせたいと思いましたが、近隣すぎて、息子は嫌がりました。
当時の息子は、学校へ行けない罪悪感でいっぱいで、地域の方と会いたがらず、ひきこもっていました。LINEのアカウントも削除して、友人との連絡も絶っていました。
どれだけ自己否定をしていたかと思うと、胸が痛みます。

【みつけた不登校のサポート校、息子は興味なしからのステップ】

残念ながら、上記の居場所は、どこも息子に合わなかったのですが、
同じくスクールカウンセラーから紹介された不登校のサポート校は、
息子との会話の中で
ほんの少しだけ、「行けたらいいかも…。」という息子の変化を感じました。
とはいえ、すぐ行ってみようという言葉は出ませんでした。

今でも息子の最初の反応を覚えています。
「そんな不登校の子が行くところは気が進まない…。」

この言葉からも、不登校である自分を受け入れられないことを感じました。
(だって、君も不登校だよね?親の私も受け入れられていないけど、あなたもなんだね…。)

息子は自分を責める気持ちで動けなくなっていました。
『普通だったら学校へいくのに僕は何をやってるんだ。こんな僕はありえない!』

後悔して自分を責め続け、否定していたら、元気になるわけがないですよね。

学校に行けなくなってからの提案と撃沈、
行ってみる?行かない?で何度失敗したことでしょう。
ここで焦ってはいけないと、
まずは親の私が行って、息子へその場の空気感を届けるという作戦をとりました。

振り返ると、親の私自身も、不登校のサポート校の“親の会”って、
少し抵抗がありました。今は違いますが、当時はなんだか弱者の会のようなイメージで
私自身も参加したくない気持ちがありました。

「そもそも自分が苦しいのに、他のご家庭のつらい話なんて聞きたくない…。」
そんなネガティブな気持ちでした。
どんなところか見学だけして帰ろう。こんな軽い気持ちで出かけていきました。

 

 

と・こ・ろ・が!
不登校のサポート校が開催する会は、外部講師による、不登校の対応講座など、
大変参考になる内容ばかり。公立学校の先生や指導側の方も聞きに来られていました。

不登校対応のプロである先生方、臨床心理の大学院講師のお話は、
目が覚めるような、前向きな気持ちになりました。
そして、何よりもそこへ通っている生徒の体験談を聞く機会や質疑応答には、
大変勇気をもらいました。

本当に不登校のお子さんなの?と疑う、堂々と明るいスピーチ。
会が終わった後には会話をするチャンスもあり、何人か話を聞いてみました。
確かに様々な事情があって、乗り越えてきている子どもたち!
在校生の明るい様子に、私はとてもうれしくなりました。

人が悩んだり苦しんだりするのは、明るい将来が見えないとき。
たとえ現状は同じでも、
なりたい姿が見えたら、苦しみなんて一瞬で消えていきます。

【お母さんのご機嫌と、子どもに持たせる主導権がカギ】

不登校のサポート校に行ってみて、私の心は大変軽くなりました。
もしかしたら、ここなら息子の何かが変わるかもしれない。そう思えたのです。

まずはパンフレット作戦。そっとリビングに置いておきました。
そして機嫌の良さそうなときに、会話に織り交ぜます。
“説明するからちゃんと聞いてねモード”では、失敗する可能性大!要注意です。

「今日は、こういう会に行ってくるね~」とか
「こんな子がいたよ」
最初は、その程度でいいかもしれません。

子どもにとって、お母さんが自分のために動いてくれていることは、うれしいことですし、
そのうえ、お母さんが嬉しそうに帰ってきたら、
あれ?と思いますよね。

何よりそのお母さんの“上がった空気感”は、
子どもが興味を持つきっかけになると思います。

不登校のサポート校に限らず、どんな場所でもよいですよね。

お子さんがお子さんらしく、社会と繋がっていける場所が必ずあります。

引きこもっていると、そういう場所や環境があることも、
自分がそこに繋がれることも、
発想が浮かばないかもしれません。

勉強や仕事に繋がることだけが有益なことではない。と私は確信しています。

趣味でもスポーツでも、遊びでも。お子さんの才能開花には、
ありとあらゆることに可能性があります。

例えばそれは、親が制御しがちなゲームの世界でも!
ゲームのスポーツ(eスポーツ)は世界的に認知され、専門の高校も設立される時代になりました。
とことんゲームで遊んだ経験も、プログラミングなどで活かされる時代です。

どこに子どもの輝く才能と将来が待っているかなんて、だれにもわかりません。

お母さんは「こうでなくては」「それはちょっと」という枠を作らず、
無限なチャンスを見逃さないで、与え続けられたらステキですよね!

そして、それを選択する主導権をお子さんに与え続けましょう。

私はこの主導権を子どもにで、ずいぶん失敗をしました…。
こうでしょ?と言われると、違うと言いたくなるのが、反抗期です。

反抗期でなくても、私には苦い思い出があります。
娘が小学1年生だったとき、「ママがやらせたそうだったからバレエを習った」と言われ
衝撃を受けたことがあります…。
ジャンプ力を見込んで入れましたが、体が硬く柔軟が嫌で楽しめないと言われました。
かわいいバレエシューズは、もったいなかったですが、
速攻やめさせました…。

お母さんがきっかけをつくってあげて、
“あまり興味のなかったことも、やってみたらおもしろかった!”となる、
そんなこともあります。お母さんたち、くじけずいきましょう!!

子どもが目を輝かせることがみつかるように、見守ってあげたいものですね。

とはいえ、不登校で動けないお子さんの場合、
目を輝かせるまで少し時間がかかるように思います。

息子も、不登校のサポート校で目を輝かせるまで、少し時間がかかりました。
できることから、少しずつやっていく。これを見守っていきましょう。

 

 

少し脱線してしまいました。
ついに、息子が不登校のサポート校へ行ってみると言い出しました。
予約したその日になり、「やっぱり行きたくない。体調も悪い…。」

はいっ、想定内です。
ここでがっかり顔をしたら、今までの苦労してきた不登校の母の名が廃ります。(笑)

「そうなんだ、また行けるといいね。」と、私一人で決行。

当時は息子が心配で、私も家に引きこもりがちでした。
このように息子を置いて外出することも、私には良いトレーニングでした。

もちろん、帰宅後は、会ってきた先生や子どもたちの空気感を伝えました。
そして、2度目の予約で説明会に行くことができました。

学校の前まで来て、説明はどのくらい時間がかかるのか、会話が必要なのかと気にしていました。
「イヤだったら、きりのいいところで帰ってもいいじゃない?」
そんな会話をしながら、向かいました。

また長くなってしまいました。
いよいよ息子が不登校のサポート校に到着してからの話は、
また次回にいたしますね!

今回は、不登校で引きこもっていた息子と私がどのように
居場所をみつけていったかをお話しました。
その後息子は勉強の必要性を感じ、がんばりをみせます。(いろいろ大変でしたけどね!)

お子さんがお子さんらしく、社会と繋がっていける場所は必ずあります。

お母さんは、どうぞ心配しすぎないで。あなたとお子さんの未来を信じて、
明るい気持ちで行動していきましょう!

Stand.fmをご存じですか? 5~10分のラジオをお届けしています。
HSC・不登校のお母さんが元気になるお話、リンクからぜひ聞いてみてください ♬
https://stand.fm/channels/5f5366b06a9e5b17f77bcf45

 

◆これまでのコラム

シラスに、ガラス破片混入?!(偏食や少食、食の感覚過敏で困っているお母さんへ)

あなたのお子さんは本当に弱いですか?~体調を崩しがちなHSCちゃんのお母さんへ~

不登校ひきこもりの中学生が動き出すヒント その1 ~克服体験記 受け入れられないけれど、やったこと~

 


writer: 小川香苗(20歳女子、16歳男子、13歳女子の母)

・栄養士・心理カウンセラー
・HSPメッセンジャー 
・小川香苗 オフィシャルサイト 
「起立性調節障害・不登校から元気に」https://kosodate-mamaup.com/


photographer: 長束加奈(10歳男子、8歳男子、6歳男子の母)

・日本パステルホープアート協会公認パステル和アートインストラクター

・HP: https://7iro-artwork.amebaownd.com

・instagram: https://www.instagram.com/kananatsuka

 

 

 

 

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