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うちの子育て奮闘記

感覚系HSCちゃん、小規模特任校へ ~不登校の一番の根っこの原因は給食のデザートだった!?

2021年5月26日

4月、新学期が始まりました。

そこから私、怒涛の日々を過ごしていました。

毎年1学期から2学期の途中まで、月曜日自主休校をしている末っ子が小3、3日登校後、不登校となりました。

 

きっかけは、「お友達と離れたクラス替え」、「新任担任の先生の指名方法」、「隣の席のお友達から言われた心無い言葉」でした。

 

 

私は洞察系が強いHSPなので、感覚系の娘のことは、結構手を焼いて子育てしているのですが、
娘が「具体的に何に困ってるの?」と言われると言語化できませんでした。

ひとまず、不登校に関しては、長男での経験があったので、
今回は娘の意向に従い、行きたくないと泣いている娘を無理やり行かせようとはせず、休んで様子をみていました。

 

Youtube、あつまれどうぶつの森、基本的にはこの2つをして、3週間を過ごしました。

 

兄が転校したものの、昨年度後半は、末っ子は、仲の良いお友達も出来て、安定的に通っていると思っていましたが、親としては、兄にかかりっきりで、手や目をかけていなかったことは、否めませんでした。

 

洞察系の私としては、感覚が鋭い娘がどれだけ、友達と違う新しいクラス、新しい担任の先生になることで、緊張しているのか、身体で感じて、受け取っているのか、理解ができていなかったところから、こんなにも1回の出来事や3日間の体験で、たくさんの刺激を受け取り、感じて、処理しきれずにいるのだということを受け入れざるを得ませんでした。

 

学校に行けなくなってからというもの、担任の先生に会いに行く、スクールカウンセラーさんとの面談、校長先生との面談と、娘の日に日に変化していく内面を受け取りながら、自宅でゆっくりと過ごしました。

 

2週間ほど経過してから、兄の通う小規模校への転校の検討をはじめました。

 

 

末っ子HSCということもあり、「先の見通しがたっている。」という安心感がとても大切なことから、
兄の小規模特任校について、学校生活について、どんな学校なのか、兄に教えてもらう機会を作りました。

 

毎日の学校生活の見通しができたことで、
本人が兄と一緒の学校を体験したみたいという明確な意志が出てきたため、
既存校、小規模校の校長先生と連絡を取り合い、何とか体験までこぎつけました。
(この間のコミュニケーションにも、たくさんのことがありましたが、今回は割愛させていただきます。)

 

兄がしてくれた、通っている小規模校の説明としては、

体育、音楽、図工などは、2学年合同だよ。

校長先生が教室によく話しにくるよ。

給食は、白衣を全員着るよ。自分の白衣だよ。

校内にマラソンコースがあるよ。

人が穏やかだよ。

昼休みは、まず、マラソンコースを1周走ってから遊ぶんだよ。

ブランコと鉄棒あるよ。(末っ子が好き!)

朝の登校は昇降口で検温のため、保健の先生ともう一人の先生がいるよ。

教室で準備をしたら朝の会がはじまるよ。

掃除は、各場所一人ずつなど役割がたくさんあるよ。

児童会とか委員会も4年生になると、機会があるよ。

給食は給食センターからくるよ。温かいよ。

みんな子どもらしくて、自由に意見を言えるよ。

下校は昇降口に班ごとに並ぶよ。

学童に行く子は学童の列にならぶよ。

3年生の隣の教室に4年生(自分)がいるよ。

末っ子も、クラスのお友達と合いそうな感じがするよ。

 

 

 

そして兄がHSCの絵本と題して、書いてくれた、このお話から、

彼が、小規模校に転校したことで、仲間に会えたと感じていることが分かりました。

 

 

学校に行けなくなった、末っ子の望みとしては、

「安心できる環境で仲間と一緒に学びたい」という気持ちがあることが、
この絵本を読みながら話をすることで、本人と確認することができました。

 

いまの学校の状態が、

安心して、仲間と一緒に学べる環境ではないと感じていて、
「もう、絶対あの教室には行きたくない。」という言葉になっていたのだと分かりました。

 

もともと家では意思表示がはっきりしている末っ子です。
そして、クラス替えがあと2年はない予定の今の状況で、
2年間ホームスクーリングで過ごすのは、親として、
彼女の今を大切にする体験はさせてあげられないということに危機感を感じていました。

 

 

学校が怖い場所になっていたので、緊張する娘に寄り添いながら、体験をスタート。
校長先生がクラスメイトや他の学年の生徒にも話を通してくれていて、初日から、みんなが末っ子が体験にきていることを知ってくれていました。泣いていると親の私に、声をかけてくれました。

そして、一日体験した、本人の第一声は、「なんか授業中に、鳥の鳴き声が聞こえる。」でした。「静かな環境で学びたい。」という希望があったこともわかりました。

 

月曜日の朝は緊張すると、毎週泣いてしまいますが、車の中で30分ほど抱っこして、チャージしてから、登校し、
サポートの先生に引継ぎを行い、2週間の体験期間を登校することができ、転校手続きを済ませました。

 

転校前までは、既存校とのコミュニケーションを主にとっていた私。
転校後は、新たに小規模特任校の生徒になったということで、小規模校とのコミュニケーションがスタートしています。

 

もともと行っていた大きな学校では、決められたルールを守って、
何も言わずにルールに従う優等生な親をしていました。
もともとの学校を完全に子どもたちが卒業するということは、
私自身も普通のレールの子育てから、卒業するということで、
これまで背負っていた大きな大きな何かを手放した経験でもありました。

 

 

本人はほとんど登校していないクラスでしたが、兄にアドバイスをもらい、クラスにお手紙を書いて、

市内には、小規模の学校があるんだよ。静かな環境がいいと転校を選択する子もいるんだよということを担任の先生と校長先生にも入ってもらい、伝えてもらいました。

昨年同じクラスの、仲が良かったお友達とは、これからも一緒に遊ぼうねと、仲間でいます。

 

 

そして、今、転校先で、いろいろと学校や学童に話をしなくてはならないことが出てきています。
それが、なんと、『おやつ問題』
「えーーー?、おやつ!?そこ??」って感じでした。

でも、実は、私が末っ子のことで苦労しているのは(現在進行形)食べ物のことでした。
家では、本当に食べるものが決まっていて、末っ子に合わせてメニューやおやつを用意しています。
長女も大変でしたが、今は、他の子は何でも食べてくれるのですが、この子だけは、ほんっとうに苦労しているのです。

 

ずっと、学校の給食に出るおやつ、全部、我慢して完食していたのです。

「今日はイチゴジャムがいやだった。」「今日はソーダゼリーがいやだった。」「今日はヨーグルトが・・・」
そういえば、毎日毎日何かそのようなことを言っていたのです。
でも、私、末っ子の話を聞いてませんでした。全部流してしまっていました。
味覚過敏の娘が、食べられないものを無理やり食べるということがどれだけ苦痛なのか、理解していませんでした。

 

 

 

それらを今、学校にひとつひとつ、これがダメとわかるものを特定し、コミュニケーションすることを始めています。

 

「アレルギー以外で、デザートで配慮を求めるなんてわがままじゃない?」という自分への自問自答をしながらも、
それは、私のトラウマからの防衛反応をそろそろ卒業するためのお知らせとして受け取り、「子どもが感じている苦痛を、感じているけれども、慣れない環境では、まだ先生に自分から言えないで我慢してしまうこと。」を連絡帳に記載すると、先生と本人で直接お話しをしてくださいました。

子どもにとって先生っていう人は特別で、やっぱり緊張しないで話せる相手になるには時間がかかるんですよね。

 

感覚的に受け入れられないものを給食で食べている。
神経が痛まっているところに、また、クラス替えの環境、新しい担任の先生とのスタートやお友達から言われたネガティブな言葉と、重なってしまったこと。

不登校と言っても、本当に本当に原因となることは、これまでの生活の様々なことが層になってあり、
子どもにとっては、それぞれがイヤなことであり、
それを親が「そうなのね。」とただ受け入れることも、つくづく難しいものなのだと、実感しています。

 

そして、きょうだい、下の子になればなるほど、元からできあがっている家族の環境、保育園の環境、学校の環境に、HSCちゃんは、より早い段階から何らかの察知をして、適応しているため、感覚的にもう無理なのに、我慢していることもあるのではと感じています。

 

小規模校に転校することにより、末っ子が自分の感覚を信じて、
学校生活での体験を安心して仲間と共に重ねていくこと、
根っことなる食のことを自分で先生にコミュニケーションして苦手なものを残すことができる後押しをしてもらえるようになり、
お友達との様々なことも対話を通して互いに育ちあえること、そんな未来が想像できる環境になり、本当に楽しみでもあります。

 

 

毎日、帰宅する娘の目がキラッキラ輝く様子をみて、あー本当によかったと、思います。

いつか今起きているデザート問題の数々も、笑い話となりますよね。きっと。

そしてこの環境に、強い意志を持ってつないでくれたお兄ちゃんにも、本当にありがとうと思います。
やっぱり彼のこの学校に行きたいという、あの時の、確信的な意志表示がなければ、私も決めきれなかったと思います。
そしてHSCちゃんの学びの環境として、小規模校は合っていることが多いのではないかなと思うのです。

 

 

 

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writer: 大西愛(14歳女子、9歳男子、8歳女子の母)

・HSC/HSP子育てメッセンジャー、病児保育士

子どもと一緒にひとりひとりとゆったりと。ぐずったり笑ったり♪感性豊かな子育てを楽しもう♪♪
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